男は長身の体躯であった。
鷲のように鼻は高く、コート姿であってなお、その白い手袋は異様であった。
手の甲に黒字で星型が描かれた紋様。それは晴明判という。陰陽師が使うシンボル。
ドーマンセーマンとも呼ばれるものだ。
男は身軽に駆けながら手を翳す。そこには星型の紋様が描かれた紙片。
男はカードを投げるようにその紙片をむかってくる少女に投げた。
鋭利な刃物を思わせる紙片が殺到する。その紙は形状を変化させまるで生きているように鳥の形になった。【式神】陰陽師が使う使役神。
その鋭利な鳥の嘴を少女は蹴り、打ち落とす。
拳は鳥を薙ぎ、撃たれた鳥たちは紙細工の鳥のように破れて霧散した。
男の瞳に焦りがあった。
少女と侮っていたその余裕はいまはない。
否。その戦闘能力は恐るべきものだ。転生の前と変わらない猛威。
そして、自分を睨む獰猛な視線は獅子のたぐいであった。
男は笑った。
(･･･ああ、そうだ。お前は、おれの宿敵だ)
少女の影が軌跡を描き、一気に加速した。
陰陽師は振り返る。その影を追って･･･視線は後ろに。
一瞥。その瞬間に、押されるように背後が爆発した。否、吹き飛ばされた。
あがゅ･･･、あ、あがっ･･･あ？
強かに壁に正面衝突し、額を割って赤い血は顔を汚す。
何が行われたのか、朦朧とする脳は解答を探したが答えは見つからない。
呆然とした男に蒼いブーツの爪先が目に留まった。
男は血まみれの顔で相手を睨みつける。
そこに冷たい、冷徹な表情の少女の瞳があった。まるで蟲でも見るような視線。
男の顔から血しぶきがあかった。
顔面を蹴り上げられたのだ。顎は衝撃で粉砕し、歯は悉く折れて飛び散った。
激痛に苦悶する男は本能的逃げようと蠢く。それを見逃すほど少女は甘くはない。
少女は飛び上がった。
その足は這いずる男の頚椎を狙い体重と重力をのせて踏み潰す。
鈍い音。･･･昆虫を踏み潰したような不快な音が少女の耳に残る。
男は絶命した。
首を折られ、心臓はゆっくりと鼓動をとめる。
倒れた男を見つめる黒髪の長い髪の女子高校生は制服のスカートを靡かせるようにくるりと踵を返し、夜の暗闇に歩き出した。
月明かりが倒れた男を照らす。その顔は青年と思われていたが皺を深く刻んだ老躯
「逢魔三郎」と名乗った男はここに絶命した。
明治期から今、現在に至るまで数々の策術を労し、東京を呪い続けた魔人。
戦後は学生運動を煽動し、世の中を呪い続け、ついに首都直下型地震を引き起こし東京を灰燼に至らしめることに成功した。
夜の暗闇の中で積年の恨みの成就を喜んだ束の間、男は宿敵に出会った。
その存在は、男にとっての鬼門。
男が鬼であるならばそれは鬼を倒す武者に等しい。
･･･この物語は、逢魔三郎が死ぬとこからはじまる。
桜庭愛に討たれて絶命してから。物語は次の闘いの準備を始めるのである。
―･･･愛は合流地点へと向う。
正義の戦闘集団。その作戦に参加するために